英国の景観保全制度とボランティア活動

asahiro2005-11-02


昨日、今日と、福岡国際会議場で「(社)日本造園学会九州支部福岡大会」が開催されました。下記の研究報告を口頭発表したので全文を掲載します。

タイトルは
英国の景観保全制度とボランティア活動 
ケント県の特別自然美観地区(AONB)を事例に

印刷物は下記です。
社)日本造園学会九州支部 研究・事例報告集, Vol.13, p49-50, 2005.
http://www.kyushu-id.ac.jp/~asahiro/Pub/20051101.pdf

はじめに
保全 Conservation」の概念は、価値あるものを保護することであるが、「面倒を見る」、「世話をする」とも解釈され、維持管理する行為を含むといえる。「景観保全」は、私達の環境を支える基盤として必要不可欠であるにもかかわらず、産業や経済的な理由から保全の難しい状況が続いてきた。我が国では本年から景観法が全面施行されることになり、法的ツールが一通り欧米並みに整備されつつあるといえる。しかしながら、住民参加などに重きを置かれている本制度が、日本人によって、どの程度その効果を発揮できるのかは、多分に未知数であると思われる。その実現には、景観を文化的遺産と自然資源に基づいた持続的な資源として認識し、それを保全する覚悟を持ち、地道に実現を模索する土地所有者、ボランティア、そして行政の協働作業が求められていくのだと考えるからである。
本稿は、戦争による国土の荒廃、市民社会の到来による大土地所有者の没落、そして、いち早く燃料革命、農業革命を経験し、景観保全制度を1940年代頃から取り入れた英国1)を事例に示唆を得ることを目的とする。現在の景観保全制度については、辻ら2)の調査報告を引用し、他の文献や現地での調査を基に報告する。

英国の国土計画と土地利用規制
英国の土地利用計画・規制は、環境・交通・地方省の所管である。その制度は、都市農村計画法および計画補償法を根拠とした土地利用のマスタープランである「デベロップメントプラン」と、「計画許可」の二本を柱としている。これらの制度は、マスタープラン主導の計画体系を確立すると共に、都市・農村の区別なく国土全域を対象とした土地利用の規制として機能している。特に計画許可制度は、農業的土地利用等の一部の開発行為を除き極めて厳しく運用されており、風景を改変する開発行為は、網羅的に制御される。

英国のカントリーサイド(田園風景)
なだらかな丘陵地の広がりの中に、羊が草を食む牧草地や農地、それを囲む石垣や生垣、ちらほらと雑木林や植林地が点在する景観を、英国ではカントリーサイド(田園景観)という。この景観は「ランドスケープ」という美の価値観として、西欧に強い影響を及ぼしたことで有名である。近年では、多くの観光客を招き入れてきただけでなく、田舎生活を求める都市部からの人口移動の傾向も見られているという。

農村地域での風景保全に関する制度
これらの田園景観を保全する代表的な制度は、
①国立公園(National Park)
②特別自然美観地域(AONB)
③特別環境保全地域(SSSI)
環境保全地域(ESA
という4つの地域指定制度からなり、他にも、国定自然保護地区(NNR)などがある。また、農村景観や野生動物生息環境の保全に資する粗放的な農業を促すために、ESA事業や田園地域スチュワードシップ事業という直接所得保障制度も整備し、農家の合意を取り付け、経済的インセンティブを与えている。
本稿では風景の保全に特に力を入れている、② 特別自然美観地域(Area of Outstanding Natural Beauty, 以下AONBという)の紹介を行う。これは1949年に施行された① 国立公園と同じ根拠法である、「国立公園及び田園アクセス法」に基づくもので、地域指定は田園地方庁(Countryside Agency)により環境・交通・地方省の承認を得て行われている。
現在、イングランドウェールズで41地域、2万km2以上の指定が行われ、国土の15.6%を占めている。AONBの主目的は自然景観の美しさを保全、強化することにおかれ、次に、農林業や地域産業は第一目的を考慮しながら、持続的な経済発展できる地域づくりを行うこと。最後に、上記の目的を阻害しない範囲でレクリエーションの振興を行ってよいとされている3)。
AONB指定の役割は、まず、景観の質の高さ、その大切さを公的機関に認識させるという意味を持ち、指定地域は諸上位計画からのコントロール下におかれることになる。また、目的の実現は法制度により行うのではなく、その多くは、積極的な自治体、組織、関連団体の活動により実現されるものだとされている。さらに、指定自体の目的は、「統合された活動の必要性」を強く求めており、保全・社会・経済の持続性、環境の全体性、幅広い社会問題に対応した管理活動、パートナーシップによる協働がそれである。

田園地方庁(Countryside Agency)
AONBを所管する田園地方庁は、1949年に国立公園法により国立公園委員会(NPC)として設立され、1968年に田園委員会(CC)と改称され、1999年、農村開発委員会(RDC)との統合により現在に至る4)。その設置目的は「田園地域の風景・環境保全と国民のアクセス及びレクリエーション活動の推進」とされ、予算は主に英国環境食料農村省(DEFRA)から得ており、年間、約220億円に上り、ここ8年で4倍に成長している。また、そのうち109億円が戦略的な補助金として再配布されている5)。彼らの事業は、AONBの指定や諸図書の作成、地方自治体への指導だけでなく、地域への啓発活動や管理業務を行っている。ここで、英国南東部のケント県周辺で指定されているケント・ダウンAONBの紹介を行う。

ケント・ダウンAONB
ケント・ダウンAONB6)は878km2に及び、石灰地質の丘陵を中心に保全対象地域を指定している。AONBの運営は、AONB Unitと言われる数名の事務局と、40名の国家機関・自治体や関連団体の代表者からなる連携諮問委員会(年2回開催)により行われている。特に後者は、事業の役割や戦略の確認、モニターや事後評価、さらに、予算・決算の管理を行う。彼らの主な業務は、「AONB管理計画書・行動計画書」の策定、助成の実施、そして、カントリーサイド・プロジェクトの実施を行っている。
管理・行動計画書では、各地のあるべき景観像や保全・強調に係る課題・対策などが記載されている。この内容を受け、助成制度は、現在、下記の5つの運営が行われている。
・Kent Downs Around Towns.
 (都市周辺緑地の保全対策への助成)
・Celebrating the Kent Downs.
 (パートナーシップによる各種イベント・活動)
・Research Design and Innovation Programme .
 (調査やデザイン、契約等の取りまとめへの助成)
 ・Kent Downs Landscape Initiative .
  (デザインガイドに沿った改善事業への助成)
・Sustainable Development Fund
 (自治体、企業、地域団体への助成制度)
これらの助成金は、AONBの目的や管理・行動計画に沿うことを条件にしており、採択される事業は、実践活動(作業)であること。実現可能性の高い研究や調査であること。パートナーシップの開拓であること。持続性に関する啓発やトレーニング活動であることとされている。
さて、これらのAONB管理・行動計画を実現し、補助制度を効果的に運用するために、事務局は実践的な保全活動組織と連携して活動している。組織の類型は主に2種類に分けられ、1つは全国規模の市民団体で、BTCV、ワイルドライフ・トラスト、ナショナル・トラストなどである。もう一方は、地域別に構成されるカントリーサイド・プロジェクト、もしくはパートナーシップ、スキームと呼ばれる主体であり、各地域に9つの事務所を構え実践活動を展開している。
市民団体は、それぞれ多様なノウハウを支える専門家集団であり、専従スタッフと多くのボランティアにより支えられている。彼らは、リーダートレーニングや各種講座、動植物の調査や管理作業、市民へのイベントの提供や広報などに大きな力を発揮している。一方、カントリーサイド・プロジェクトの事務所にも、それぞれ専従のスタッフが数名配置されており、主に次の業務を実施している。
・景観と野生生物の保全に対する実践的な地域支援とアドバイスの提供。
・地域団体との協働による自然歩道の管理作業
・土地所有者への補助事業の斡旋、保全への啓発
・公的・非公的団体との特別保護地区の管理作業
・AONBの価値と活動に関する講演、実地ガイド
・AONBに関する出版物の発行
・全ての年齢層への景観保全ボランティア活動の機会の提供
これらの内、管理作業の業務は、毎週平日や土曜日に地域のボランティアを募り、生垣の剪定や雑木林の間伐などの作業を通じて、実践されている。

おわりに
 著者の調査した所感として、景観保全は主に許可制度の厳しい運用により担保されているといえる。一方、高い制度の理念と広大な指定面積に対し、景観の保全・管理・強化が、どの程度市民の理解を得て実現できているのかについては、目立って見えるものではない。しかしながら、管理・行動計画、助成金、ボランティアを含む実践活動の連携は、目的の達成を模索する柔軟な事業体として、効果的に機能していると考えられた。日本の景観地区や他の景観保全に資する指定地区についても、このような協働事業形態の構築が急務であると考える。

1) 連合王国を構成する4つの地方のうち、イングランドの制度について紹介
2) 辻保人・他(2000), 景観・環境形成のための国土利用のあり方に関する研究, 建設省建設政策研究センター.
3) The Countryside Agency (2001), Area of Outstanding Natural Beauty – A guide for AONB partnership members, p7.
4) テレンスC.E.ウェルズ・高橋理喜男(2000), 英国田園地域の保全管理と活用, p148.
5) Countryside Agency Annual Report and Accounts 2003-04.
6) http://www.kentdowns.org.uk/index.html